宇宙の終点は鉄なのか

宇宙にある物質は、十分に長い時間がたてば鉄へ変わるのか」。この問いには、二つの異なる話が重なっている。一つは、恒星が核融合からエネルギーを取り出せる範囲である。もう一つは、恒星が消えた後も含めた宇宙の極長期未来である。

鉄ピーク付近が発熱する核融合の終着点であることは、宇宙の最終状態が鉄であることを意味しない。前者は原子核の反応エネルギーに関する局所的な結論であり、後者は陽子の安定性、白色矮星や中性子星の存続、ブラックホールの形成と蒸発まで含む問題である。本稿では、この二つを分けて考える。


鉄は発熱する核融合の終着点である

核反応でエネルギーが放出されるかどうかは、反応前後の質量差で決まる。軽い原子核は融合によって核子一個あたりの結合エネルギーを増やし、その差をエネルギーとして放出できる。重い原子核では、反対に分裂する側が有利になる。結合エネルギー曲線の頂上は鉄とニッケルを含む鉄ピーク付近にあるため、恒星の中心で段階的に進む発熱反応は、この領域で行き止まる。

「鉄が最も安定」という説明は概略としては有効だが、厳密には区別が必要である。核子一個あたりの結合エネルギーが最大となる核種はニッケル62であり、鉄56はその近傍に位置する。恒星進化で鉄56が終着物として現れやすいのは、結合エネルギーの順位だけでなく、反応経路と中性子・陽子の比率、珪素燃焼で作られるニッケル56が放射性崩壊して鉄56になる過程による[1][2]

重い恒星の中心に鉄ピークの核種が蓄積すると、それ以上の融合は恒星を支える熱源にならない。中心核は重力収縮へ転じ、条件を満たせば崩壊と超新星爆発へ進む。ここで終わるのは「元素を重くする反応」そのものではなく、恒星が静水圧平衡を維持するための発熱性核融合である。


鉄より重い元素は別の条件で作られる

金、白金、ウランなどが存在することは、鉄ピークが核融合の終着点であることと矛盾しない。鉄より重い核種を作る反応は、恒星の通常の核融合燃焼とは異なるエネルギー源と反応経路を使う。

代表例が中性子捕獲である。中性子は電荷を持たないため、正電荷を持つ原子核のクーロン障壁に妨げられにくい。中性子をゆっくり捕獲するs過程は、主に漸近巨星分枝星などで鉄より重い多数の核種を作る[3]。中性子を急速に捕獲するr過程には極端に中性子が豊富な環境が必要であり、GW170817に伴うキロノヴァの観測は、中性子星合体が重いr過程元素を作る場であることを示した[4]

これらの過程は、鉄より重い核種の合成が恒星の主たる発熱源になると主張しているのではない。重力崩壊、爆発、合体によって用意された高温、高密度、中性子過剰の環境が、エネルギー的に不利な反応経路を進ませる。鉄ピークは「どの核種より先へ進めない壁」ではなく、「通常の核融合から継続的にエネルギーを取り出せなくなる領域」である。


核種の安定性だけでは宇宙の終点を決められない

「安定な核種へ向かう」という核物理の傾向を、そのまま宇宙全体へ延長することはできない。結合エネルギー曲線が扱うのは、陽子と中性子から成る原子核である。中性子星では物質が原子核の形を保つとは限らず、ブラックホールを鉄原子の集合として記述することもできない。暗黒物質にも、通常の原子核と同じ結合エネルギー曲線を適用する根拠はない。

恒星が光る時代が終わった後には、白色矮星、中性子星、褐色矮星、惑星、ブラックホールなどの残骸が残る。銀河から放出される天体もあれば、衝突や合体によってブラックホールへ取り込まれる天体もある。極長期未来の物質組成は、個々の核種の安定性だけでなく、重力による集積、天体の内部状態、粒子そのものの寿命に左右される[5]

対象 鉄ピークの意味 長期的な帰結
重い恒星の中心核 発熱性核融合の終着点 鉄芯の成長後、重力崩壊へ進み得る
鉄より重い元素 通常の核融合では作りにくい 中性子捕獲や爆発的反応で生成される
白色矮星 陽子が安定なら、極端に遅い核反応で鉄に富む可能性がある 一部は崩壊して爆発するという条件付き予測がある
陽子が崩壊する場合 鉄を含む原子核自体が永続しない 鉄化は最終状態にならない
ブラックホール 核種の区別を終状態の分類に使えない ホーキング放射を仮定すれば最終的に蒸発する

鉄化は陽子が安定な場合の条件付きシナリオである

宇宙の通常物質が鉄に近づくという議論を成立させるには、少なくとも陽子が崩壊しないことが必要である。陽子崩壊は大統一理論の一部で予測されるが、現在まで観測されていない。Super-Kamiokandeによる代表的な崩壊モードの探索では信号は確認されず、部分寿命には1034年規模の下限が与えられている[6]。これは陽子が永遠に安定であることを証明せず、観測可能な範囲で崩壊が見つかっていないことを示す。

陽子が安定しているなら、冷えた白色矮星では量子トンネル効果による密度誘起核融合がきわめて長い時間をかけて進み、内部を鉄56に富む組成へ変える可能性がある。Caplanは、この過程で電子比率が低下するため、現在の恒星の約1パーセントに相当する高質量の黒色矮星が、およそ101100年以降に崩壊し得ると計算した[7]。この結果が示すのは、条件を満たす一部の白色矮星に鉄化の経路があり得るということであり、宇宙の全物質が鉄へ収束するということではない。

陽子が有限の寿命を持つなら、原子核は極長期には維持されず、鉄も途中の状態にすぎない。ブラックホールへ集積した物質には、別の終末過程が適用される。半古典的な量子場理論では、ブラックホールは熱放射によって質量を失い、最終的に蒸発するとされる[8]。どちらの分岐でも、「核子一個あたりの結合エネルギーが大きい」という理由だけで鉄を宇宙の最終状態に置くことはできない。


鉄は宇宙の終点ではない

鉄ピークは、恒星が発熱性核融合によってエネルギーを得られる範囲の終着点である。この意味では、鉄を恒星核融合の灰と呼ぶことができる。しかし、鉄より重い元素は中性子捕獲や爆発的環境で作られ、恒星の後には組成も物理状態も異なる残骸が残る。

極長期未来に一部の白色矮星が鉄に富む可能性はあるが、それには陽子が安定し、天体が十分に長く存続するという条件が要る。陽子が崩壊すれば原子核は残らず、ブラックホールへ入った物質には核種としての鉄という分類を適用できない。鉄は核融合反応のエネルギー収支を理解するうえで特別な位置を占めるが、宇宙の全物質を引き寄せる普遍的な最終状態ではない。


参考文献

  1. M. Wang, W. J. Huang, F. G. Kondev, G. Audi, S. Naimi, “The AME 2020 atomic mass evaluation (II). Tables, graphs and references,” Chinese Physics C, Vol. 45, 030003, 2021. https://doi.org/10.1088/1674-1137/abddaf
  2. E. M. Burbidge, G. R. Burbidge, W. A. Fowler, F. Hoyle, “Synthesis of the Elements in Stars,” Reviews of Modern Physics, Vol. 29, pp. 547–650, 1957. https://doi.org/10.1103/RevModPhys.29.547
  3. F. Käppeler, R. Gallino, S. Bisterzo, W. Aoki, “The s process: Nuclear physics, stellar models, and observations,” Reviews of Modern Physics, Vol. 83, pp. 157–194, 2011. https://doi.org/10.1103/RevModPhys.83.157
  4. E. Pian et al., “Spectroscopic identification of r-process nucleosynthesis in a double neutron-star merger,” Nature, Vol. 551, pp. 67–70, 2017. https://doi.org/10.1038/nature24298
  5. F. C. Adams, G. Laughlin, “A dying universe: the long-term fate and evolution of astrophysical objects,” Reviews of Modern Physics, Vol. 69, pp. 337–372, 1997. https://doi.org/10.1103/RevModPhys.69.337
  6. A. Takenaka et al., “Search for proton decay via p→e+π0 and p→μ+π0 with an enlarged fiducial volume in Super-Kamiokande I–IV,” Physical Review D, Vol. 102, 112011, 2020. https://doi.org/10.1103/PhysRevD.102.112011
  7. M. E. Caplan, “Black dwarf supernova in the far future,” Monthly Notices of the Royal Astronomical Society, Vol. 497, pp. 4357–4362, 2020. https://doi.org/10.1093/mnras/staa2262
  8. S. W. Hawking, “Particle creation by black holes,” Communications in Mathematical Physics, Vol. 43, pp. 199–220, 1975. https://doi.org/10.1007/BF02345020